Web版 有鄰

535平成26年11月10日発行

有鄰らいぶらりい

神の子』上・下 薬丸 岳:著/光文社/各1,800円+税

神の子・上

母親が出生届を出さず、呼び名と食事だけで“飼われて”いた「ひろし」は、劣悪な環境に耐えかねて家出し、他人の戸籍を借りて生きていた。殺人事件で逮捕され、「町田博史」として少年院で教育を受けることになる。戸籍がなく、学校に行くこともできなかった彼は、実はIQ161以上という天才的な頭脳を持っていた。法務教官の内藤らは、少年院で彼の指導に悩む。町田は誰にも心を許さないのだ――。

本書は、ずば抜けて頭がいい少年を軸に展開する長編ミステリー。家庭環境に絶望的に恵まれなかった少年の心の軌跡を追う。町田だけでなく、彼と少年院で出会う磯貝や雨宮も、親から愛情を与えられなかった不幸な生い立ちだ。視点を巧みに切り替えながら、人々の心の動きが丹念に描写され、大勢の思惑が絡まりあっての物語がダイナミックに展開する。先が気になり、上下巻の大作を一気読みさせる面白さである。

2005年、『天使のナイフ』で第51回江戸川乱歩賞を受けてデビューした著者は、犯罪を題材に社会のありようと人間の宿命を問い、深さとエンターテインメント性を兼ね備えた作品を発表してきた。「小説宝石」に約7年がかりで連載された本書は、デビュー9年目の到達点を示す傑作だ。

阿蘭陀西鶴』 朝井まかて:著/講談社/1,600円+税

江戸前期、大坂の浮世草子作者、井原西鶴(1642-1693)は、もとは俳諧師として名をなした人物だ。一昼夜に多数の句を吟ずる「矢数俳諧」を創始し、異端ぶりから「阿蘭陀流」とも呼ばれた。やがて1682年(天和2年)に『好色一代男』を発表。売れに売れて、今でいう大ベストセラーになった。

以降『好色五人女』『本朝二十不孝』『世間胸算用』など、市井の人々の姿を活写した浮世草子を送りだした西鶴だが、彼はなぜ、長い物語を書き始めたのだろうか?本書は、西鶴の人生そのものに迫る長編小説である。

語り手は、西鶴の娘「おあい」。目が不自由なおあいは、早世した母に幼い頃から仕込まれ、料理を始めとする日常生活をこなし、父を支える。放蕩無頼な父との暮らしは波乱含みで、父の弟子の北条団水や版元らが四六時中出入りする。市井のざわめきにおとなしく耳を傾けていたおあいは、ある日、人気女形の上村辰彌と会い、彼がまとう気配に惹かれていく。

2013年、『恋歌』で第150回直木賞を受けた著者の、同賞受賞第1作。現代のエンターテインメント作家で大阪生まれの著者が、300年以上前の娯楽小説の祖、井原西鶴の生涯をたどる。生きること、ほんとうの幸福を浮き彫りにする感動作だ。

あなたの本当の人生は』 大島真寿美:著/文藝春秋/1,600円+税

もうじき26歳。新人賞を受けて小説家デビューしたものの、没原稿を重ねて伸び悩む國崎真実は、担当編集者・鏡味のすすめで、ファンタジー小説の大家、森和木ホリーの内弟子になる。

鏡味に連れられて着いた森和木ホリー邸は、息を呑むほどの大邸宅だった。かつて超ヒット作を生みだし、アニメ化や映画化で今なお人気を博すホリーだが、近年はもう新作を書いていず、2度目の脳梗塞後、いよいよ身体が衰えていた。ホリーの〈錦船シリーズ〉に登場する黒猫〈チャーチル〉の名で呼ばれるようになった真実は、小説家修業をするはずが、コロッケを揚げたり、住み込みのお手伝いさんのようになっていく。また、ホリーの身の回りの雑事は、20年以上そばに仕える秘書の宇城圭子がとりしきっていた。市民会館の事務員だったという彼女は単なる”能吏”にみえたが、彼女にもまた秘密があった――。

老作家と、秘書と、新人作家。三者三様に「書く」ことに囚われた女たちの視点が順繰りに切り替わり、少しずつ共振して、大邸宅の小さな共同生活が、外へ、船出へと櫂をこぎ始める。「書く」人々を描きながら、今を生きるすべての人に通じる物語。温かく力強く読者の心に働きかける、不思議な読み心地の長編小説である。

僕がコントや演劇のために考えていること
 小林賢太郎:著/幻冬舎/1,296円+税

1973年生まれ、横浜市育ちの著者の仕事は、劇作家、パフォーミングアーティスト。コントグループ「ラーメンズ」、演劇プロジェクト「K.K.P.」、ソロパフォーマンス「potsunen」など劇場を中心に活動してきた著者が初めて明かす、「面白くて、美しくて、不思議であるための」、99の思考を編んでいる。

“自分は何が好きなのかを知り、なぜ好きなのかまで考える”“一行でも自分のためになると思ったら、その本は買いだ”“自分で決める力をやしなう”“「ものしり」なことと、その人の話が面白いかどうかは別”“表現力とは、ほぼコミュニケーション能力”など、99項目ごとに思考が端的に綴られ、仕事をする人なら、認識を新たにさせられる言葉が少なくない。”人のせいにしない”の一文などは、ものづくりの「現場」からの戒めだ。

〈誰かの良くないところを改めさせたい、という気持ちは、思うように結果が出なかったことを人のせいにしているということ。大事なことは「人にどうあってほしいか」よりも「自分がどうありたいか」です〉。

9月に発売され、すぐに重版した。“つくることは生きること”。「これから」を新しくつくるために、思考のよすがになる1冊だ。

(C・A)

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