Web版 有鄰

547平成28年11月10日発行

深緑野分と『分かれ道ノストラダムス』 – 人と作品

同級生を亡くした主人公が事件に巻き込まれながら喪失感から立ち直る青春ミステリー

深緑野分さん
深緑野分

世紀末の不穏な空気の中で

日本で『ノストラダムスの大予言』が大ベストセラーになったのは、1970年代のこと。“1999年の7の月、空から恐怖の大王が降りてくる”との予言に、不安を覚えた人も多かったのではないか。本書は、1999年6月から始まる物語だ。

「高校時代に友人を亡くした経験が、物語のきっかけのひとつでした。2000年のことでしたので、1999年の話にすれば、世紀末の不穏な感じが出せるかなと思いました。私の世代は、“世紀末感”がついて回る世代なんですね。宮崎勤事件、オウム真理教、阪神大震災、神戸連続児童殺傷事件など、不穏さを感じながら育ったので、同世代を書く場合、世紀末感は切り離せない部分でした」

1999年6月、高校1年生の日高あさぎは、2年前に急死した元同級生、基の三回忌に行き、遺品の日記を譲り受ける。喧嘩別れしたまま基を失い、後悔し続けていたあさぎは、基の死を回避するルートを探し始める。

「あさぎと基の関係は、実体験と重なっています。すれ違ったまま会えなくなり、あのときこうしていたら――と、きりがないくらい遡って後悔しました。自分も相手も生きて選択を重ねている、選択の結果があると、そのときに気づいたので、『選択』を書いてみたかった」

主な舞台は、K県の中央部に位置する架空の街「虎目市」だ。ノストラダムスの予言を信じる新興宗教団体「アンチ・アンゴルモア」の本部があり、「7の月」を前に、地域を騒がせていた。

「誰もが知るキャッチーな題材として、ノストラダムスを絡めました。この物語を書く前に『子供はわかってあげない』という漫画を読み、新興宗教に対する向き合い方が素晴らしくて、参考になりました。何かを信じる、頼りにするのは悪いことではないと思うのですが、こと新興宗教に対して、日本人は拒絶反応を示すところがある。静かに信じている人たちのことも考えながら、アンチ・アンゴルモアという組織を構想しました。社会問題に触れるときは、一面的に書いてはいけないと考えています」

あさぎは、同級生の男子生徒、八女と共に予想外の事件に巻き込まれていく。個人的な冒険から始まる物語は、さまざまな社会問題を交えた青春ミステリーとなった。

「八女くんは、高校のときにふらっと書いた短編小説から生まれたキャラクターです。今回は初めて月刊誌連載を経験し、構想と違う方向へ進まないよう、ブレーキの調整が大変でした。寄り添ったテーマは、『人の生死』ですね。亡くなる人より、残された人が抱える喪失感。失った人に対して、後悔を抱えている人がいると思います」

人類の歴史が忘れられないよう書き伝えたい

1983年、神奈川県生まれ。2010年「オーブランの少女」が第7回ミステリーズ!新人賞佳作に入選。2013年、入選作を表題作とした短編集でデビュー。2015年、初めての長編小説『戦場のコックたち』は、直木賞、本屋大賞、大藪春彦賞、日本推理作家協会賞にノミネートされたほか、「このミステリーがすごい!」第2位をはじめ、各ミステリーランキングで上位にランクインした。

「小さい頃から映画を観ていて、幼稚園のときに住んでいる国を聞かれて『アメリカ』と答えたくらい、海外の映画に浸り込んでいました。レンタルビデオ店で働いていたら書店併設の新店ができ、私がいつも本を読んでいるからと、書店部門に配属されました。文庫と単行本を担当して、もう好き勝手に売り場を作っていました(笑)」

好きな海外ものをどうにかして売りたいと、大型トラックが走る街道に面した書店で、POPを工夫し、北欧ミステリなどの海外小説を販売した。入選から単行本が出るまでに3年かかったが、この間に「伝わる文章」の手ごたえをつかんだという。

「生きている世界と違うものを書くのが楽しくて、これまでの2冊は知らない世界を“肌触り”のようなものから書きましたが、今回は、私も読者も知っている世界をどう書くか、気をつけました。歴史を忘れることに対する危機感が私の中にはあり、第二次世界大戦も新興宗教の事件も、誰かが語り続けないと忘れられると思います。今見ている空と、あのとき見た空は同じ色をしている、時間が経っても空は同じだということは、あまり意識されていない気がします。せっかく機会をいただいているので、書いて伝えていきたい」

(青木千恵)

分かれ道ノストラダムス

分かれ道ノストラダムス
深緑野分/双葉社/1,500円+税

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