Web版 有鄰

549平成29年3月10日発行

父、城山三郎――没後10年に寄せて – 1面

井上紀子

復員後、本から得た「生きる」指針

城山三郎 1927-2007
城山三郎
1927-2007

「ただいま」その声に振り返ると、お決まりの散歩姿の父が。帽子にジャケット、そしてごく薄い色の入った眼鏡をかけ、どこか嬉しそう。案の定、その手には見慣れた袋がひとつ。深い緑に黒いロゴ。「YURINDO」の文字がちらり。

自宅も仕事場も本で埋め尽くされ、というより侵食され、さすがに「もう、本は買わない」と宣言していたのも束の間。あっけない翻意に、むしろこちらも、「ほら、やっぱりね」と納得。いそいそと書斎へ向かう後ろ姿に、「よほど面白い出会いがあったのかな」と、苦笑する。昆虫採集の少年よろしく、どこかの書店に立ち寄ってはお宝を探す日々。おかげで、主を亡くした仕事場には、本の山と、緑や紺の書店袋の小さな丘が点々と残されていた。

それから、丸10年。いまでも街の書店をのぞくと、父がこっそり来ているような錯覚に陥る。特に、帽子をちょこんと被った老紳士にはっとすることしばしば。

「好きなときに、好きな本を、好きなだけ読む」これが、晩年の理想であり夢であった父。さぞや今は、何事に煩わされることもなく、存分に楽しんでいるにちがいない。大好きな空で、大好きな海を眼下に眺めながら、大好きな本に埋もれて。

そんな父にとって本は、友であり、師であり、救世主であり、恩人であった。戦後を生き抜く礎、命そのものと言っていいほどの存在。単に文学青年だったから、とか、作家だったから、と一言では片づけられないことに、亡くなってから気付かされた。

『シートン動物記』を愛読していた少年は、青年になっても本の魔力に取り憑かれ、読書三昧の日々を送っていた。商家の長男でありながら、商売とは無縁の生活、商人には不向きな性格。そう言えば、「正月だというのに、三日三晩、自室に籠って本ばかり読んでいる」と、祖父が嘆いていたと、他人事のように笑っていた。

だが、時は同じくして戦争まっしぐら。時流に純粋培養された父は、杉本五郎の『大義』にのめり込み、そのまままっすぐ皇国少年に。徴兵猶予を自ら返上してまで志願した、海軍特別幹部練習生。しかし、入ってまもなく、数か月後に終戦。戦争末期の実態に愕然としたまま迎えた終焉。志高く臨んだだけ、深く傷つき、戸惑い、悩み続けることになる。一体、あの戦争は何だったのか。そもそも、何のために、なぜ始まったのか…。

思えば、昭和2年生まれの父は、物心ついた頃から戦争の足音とともに成長していった。社会の空気も、学校も、新聞、ラジオもひとつの方向を指す中で、自ずとそのひとつの道だけを信じて邁進し、多感な10代を迎えた。そして、18の誕生日直前に終戦。一夜にして、大転換。今まで信じていたものが一瞬に崩壊した。戦争という悪夢から解き放たれても、失意と絶望と自己嫌悪に苛まれ続ける。一体、これから何を信じて生きていけばよいものか。それより、なぜ、自分だけ生き残ってしまったのか。新たな苦しみの中へ突き落されていく。

hukuingo
昭和20年
復員後

「生きる」ということ、生きていかねばならぬこと。何より、人はなぜ生まれてくるのか。何のために。様々に襲いくる疑問に打ちのめされた父は、片っ端から本に救いを求めていく。洋の東西を問わず、分野も詩から哲学から宗教まで。多岐にわたってひたすらに、ただひたすらに。貪るように読み漁り、読み尽くす。「生きる」意味を死に物狂いで追い求め…。

戦後まもなく物のない中で、古書店を巡りに巡って探し求める。かつての敵国からの払い下げでやっと手にした哲学書は、友人数人で回し読み。父は昼夜問わず、黙々と丸ごと一冊書き写したという。父にとって戦後を生き抜くためには、身体への栄養より、心、魂への点滴が必要だった。事実、かなりがりがりの状態で帰還した父は、しばらく静養した先でも、本を養分とするかのような生活だったらしい。洋書を原文で読ませてくれる師がいると聞けば、飛んでいく。骨と皮の体で。

そうこうしているうちに、あるとき、ふと悟った。

「人は皆、幸せになるために生まれてくる」

そんな、当たり前のことに、生まれてこのかた、まったく思いも至らずにきたのである。そして、自分だけ生き残ってしまった意味は、

「先の戦争、その実態を後世に伝えること」

と、気付く。このふたつの結論に達するまで、どれだけの本に導かれ、支えられ、励まされ、勇気づけられたか。やっと見出した「生きる」指針。

まず、前者を具体化するために選んだ学問が、経済学。「経国済民」…人が誰しも安心、安全、豊かに暮らせる世の中、国づくり。ひとりひとりの幸せな生活を目指した。また、後者については、自分は「書く」ことしか術がないゆえ、「書き残す」ことで伝えていこうと決意する。これこそが、作家・城山三郎の原点であり、使命であった。

生涯を通じて描き続けた「戦争」

いわゆる「経済小説」の印象の強い父ではあるが、国家と個人の関係が根幹を担っている。父の中では、企業や政治の世界においても、組織の中でいかに生き抜くか苦悩する個の姿が、国家に翻弄される個人のもがきと重なったのだろう。

「輸出」で文学界新人賞、『総会屋錦城』で直木賞を受け、異色の分野で人物を描く作家として世に出るが、実際には、『生命の歌』『大義の末』『一歩の距離』といった、初期の(少年兵)3作こそが、作家・城山三郎の出発点、土台となっていると言える。これらの作品は未熟であまり顧みられることはないが、そこには「書く」ことの責務が、そして「書く」ために「生きる」ことの意義が込められている。そんなことに、今頃気付く娘である。生前も、戦争の話はほとんどしていなかったので、作家・城山三郎に戦争がそこまで深く、大きく影響していたとは思い至らなかった。

昭和30年代 書庫にて
昭和30年代
書庫にて

ただ振り返るに、作家人生の中盤、そして終末期にも、たしかに戦争をテーマにした作品を残している。経済、伝記小説で脂ののっていた頃、『落日燃ゆ』を、そして、人生の終盤、命の翳りが見えてきたときに、『指揮官たちの特攻』を書き上げた。初期の3作では、自身と重ねて、知らず知らず戦争に巻き込まれていく少年兵の姿を、中盤の『落日燃ゆ』では、逆に国民を戦争に導いてしまった側の葛藤を、終盤の『指揮官たちの特攻』では、家庭を持ったばかりの若き指揮官が愛する者を残して逝かなければならない苦悩を描こうとした。各々の立場から戦争という魔物の正体を書き残そうとしたのだが、最後の『指揮官たちの特攻』では、取材に奔走している最中に妻を亡くしたことで、作品の視点が変わっていく。大事な人を残して旅立つ者から、大事な人を失い残されてしまった者の苦しみに移っていったのである。長年連れ添った妻を突然奪われてしまう辛さ、その壮絶な悲しみに本人自身が驚き、苦悩の沼に沈んでいく。想定以上の傷の深さ、癒えることのない永遠の苦痛。実際、母亡き後の父は、半身を削がれたようであった。いわんや戦争の残酷さは、大事な存在を奪われてしまった人々にこそ襲いかかるのだ、と気づかされる。

戦争の痛み、苦しみ、嘆きは、その人の人生が終わるまで続いていく。決して、薄れたり、消えたりすることはない。むしろ、死を前にその傷が益々大きくなっていく。『指揮官たちの特攻』を書き上げた父を見て、つくづくそう思った。

「書くのはつらい。だが、書き残すのはもっとつらい」との思いで書き上げた、この作品。これで、いつ死んでも構わない。父は、本気でそう思っていたにちがいない。父が作家・城山三郎として生かされた後半生。いま、その思いが重くのしかかる。

今こそ伝えたい父が残したメッセージ

風のようにふわりと旅立って、早10年。父が、城山三郎が、本当に伝えたかったメッセージが日に日に大きく迫りくる。「ムード」や「ブーム」という言葉を嫌悪していた真意が、今頃、理解できるようになってきた。「決して流されてはいけない」「波にのみ込まれるまえに、しっかり立ち止まってよく考えよ」父の声が聞こえてくる。

二度とあの時代に戻らぬために、ひとりひとりが自分の頭でじっくり考え、判断し、行動する。そして、その言動に責任をとること。それには、一方通行の情報ではなく、必ず、多角的、多方面からの見方を収集し、検討せねばならない。逆に、それができるということは、世の中が平和であり、人々が自由である証である。情報の自由、表現の自由があってこその平穏な世、幸福な暮らし。この当たり前のことが当たり前にできる世の中であり続けること。そのためには、個々が敏感なアンテナを持たねばならない。まさに、その一助となるのが、「本なのだよ」頷く父が見えた。自らの人生を救ってくれた本。読むこと、想像すること、考えること。閉塞感漂う今こそ、必要なのかもしれない。

私事だが、昨年、兄も私も孫を授かった。ひいじいじとなった父の思いはただひとつ。この子たちが、いつまでも自由に本が読める世でありますように。緑の袋を小さな手に持って…。遺影の父が、一層優しく微笑んだ。

井上紀子さん井上紀子 (いのうえ のりこ)

1959年神奈川県生まれ。著書『城山三郎が娘に語った戦争』朝日文庫 1,200円+税(品切)ほか。


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