Web版 有鄰

550平成29年5月10日発行

映画『この世界の片隅に』について – 1面

町山智浩

大ヒットの理由はヒロインの魅力

数百万部の大ベストセラーを、広告代理店とテレビ局が大資本を投入して映画化し、人気タレントを動員して派手に宣伝され、数百のスクリーンで全国一斉公開される。そんな映画が大ヒットする時代に、『この世界の片隅に』は、あらゆる意味で不利でした。

こうの史代さんの原作マンガは文化庁の優秀賞も受賞した傑作でしたが、知名度は低く、最初、大企業はアニメ化に興味を示さなかったので、片渕須直監督は、資金をクラウド・ファンディングによる草の根募金で集めざるを得ませんでした。そのうえ、主役の声優のんさんは事務所とのトラブルでテレビ出演できず、宣伝も劇場数も少ないまま、『この世界の片隅に』はひっそりと公開されました。ところが、評判が評判を呼び、公開規模はどんどん拡大し、各映画賞を独占し、半年近く経った今もロングランされ続けています。

『この世界の片隅に』の予期せぬ大ヒットの理由は、何よりもまず、すずさんというヒロインの魅力でしょう。タンポポの綿毛のようにふわふわした性格で、何をやっても失敗ばかりだけど、「あちゃー」という困り顔が実にチャーミング。温かみのある柔らかな絵も、見ているだけで癒されます。

すずさんは絵を描くことが大好きです。瀬戸内海の白い波頭を白いウサギとして表現した彼女のスケッチは、ゴッホのような色彩と想像力にあふれています。『この世界の片隅に』は、片渕監督にとって『アリーテ姫』(2001年)『マイマイ新子と千年の魔法』(2009年)に続く、3本目の劇場用長編で、3本とも主人公は少女で、想像力で現実に立ち向かいます。すずを取り巻く現実は、第2次世界大戦です。

徹底した時代考証で当時を再現

物語は昭和9年(1934)に始まります。舞台は広島。少女時代のすずさんが買い物に行きます。森永のミルク・キャラメルも商店街のクリスマスの飾りつけも84年後の今とまるで変わりません。その豊かさは、開戦から失われていきます。

原作者のこうの史代さん(1968年生まれ)と片渕監督(1960年生まれ)は徹底した取材と調査と考証で、戦時下の日本を再現します。千人針や、一升瓶での精米、坂を登れない木炭バスなどの描写は40代より若い世代には理解しがたいでしょう。「純綿」「隣組」などの当時独特の言葉が早口で通過していきます。説明はありません。

でも、この映画で描かれる過去はタイムスリップで体験するようにリアルなので、謎の描写や言葉について知りたくなります。そこで、上の世代に尋ねたり、自分で調べたりして意味を知ると、もう一度観たくなります。観るとまた新しい疑問が生まれます。この繰り返しで、『この世界の片隅に』は何度も劇場に足を運ぶリピーターを多く生み出しました。

戦争が始まり、すずさんは軍港・呉の北條家に嫁入りします。戦局が悪化し、物資が不足するなか、家事を任されたすずさんは、工夫して食事を作ります。道端のハコベやスミレを摘み、梅干しの種や煮干しの出し殻も料理し、少ない米には野菜を混ぜ、水を吸わせてかさを増やしたり。この料理を監督たちは実際に作って食べたそうです。

ひもじいはずの食事がキャンプのように楽しく見えます。すずさんがバイオリンを奏でるように大根の葉っぱを切ります。チャップリンが『黄金狂時代』(1925年)で飢餓の果てに靴を食べる様を優雅に楽しく演じたように。

笑いの絶えないすずさんの新婚生活ですが、よく観れば、闇があります。夫の周作さんは何かを隠して心を開きません。出戻りの義姉の径子さんも意地悪です。それにすずさんには子どもができません。当時、跡継ぎを生むのは嫁の大事な役割だったことは、義姉が長男を夫の家に奪われたことで示されます。

どの場面にも幾重もの「層」があります。すずさんの髪をかき分けると円形脱毛症があるように、一見、笑えるシーンも1枚めくると登場人物が押し隠した感情や、当時の現実の残酷さ切なさが見えてきます。観る度に新たな層がめくれて、より深く心に沁みていきます。


映画『この世界の片隅に』より

 

すずさんはいったん里帰りし、幼い頃から親しんだ広島市街をスケッチしながら言います。

「さよなら、広島」

それは故郷の思いを断ち切って呉に根付く決意ですが、半年後に起こることを知っている観客の胸は締め付けられます。

呉の丘の上から港を見下ろすと、帝国海軍の軍艦が結集しています。軍艦に詳しい義姉の娘、晴美ちゃんが「空母がないねえ」とつぶやきます。1944年6月のマリアナ沖海戦で日本が3つの空母を失ったからです。奪われたマリアナ諸島から、米軍機が本土に飛来し始めます。

米軍機の爆音はリアルで強烈な音響効果で、日常が切り裂かれる衝撃を観客に体感させます。片渕監督は日本とアメリカの資料を読み漁り、当時の日米両軍の動きを、日時どころか分単位で調べ上げ、出撃機体、所属部隊、攻撃目標、被害規模、撃墜数、使われた弾丸の種類、エンジン音の違い、その日の天候、雲量まで、すべて事実に忠実に描こうとしています。

片渕監督は航空ジャーナリスト協会に所属するほどの航空史マニアで、その点で『紅の豚』1992年)や『風立ちぬ』(2013年)の宮崎駿監督と似ています。『この世界の片隅に』で、高角砲(対空砲)の炸裂煙が赤青黄とカラフルなのは、絵が趣味のすずさんが見た幻想のようですが、実は、着弾確認のために炸薬に色を仕込んだという当時の記録に基づいています。

日本海軍の要である呉への空襲は日に日に激しさを増します。1945年6月22日、すずさんは勤労奉仕に出かける女学生たちと遭遇します。その日、彼女たちが働いていた工廠(軍事工場)周辺に、162機のB29が1時間以上にわたって1トン爆弾400発を含む1000発以上の爆弾を投下しました。女学生たちは地下壕で耐えていましたが、爆発で海水が流れ込み、全員が溺死しました。

「おれ、そんな光景、描けないよ」と、片渕監督は2013年の脚本執筆中にツイートしており、映画でも燃える工廠が遠景に映るだけです。しかし「あの女学生たちはどうなったの?」と思った人がネットで検索すれば、すぐに恐ろしい事実を知るでしょう。

すずもこの時、爆弾で大好きな姪っ子の晴美ちゃんを自分の右手と同時に失ってしまいます。どんなにつらい時も心の糧だった絵を描く右手を。

その瞬間は暗闇に明滅する落書きのような線画になります。フィルムを針で直接ひっかいてヒトコマずつ描いていくシネカリグラフィーというアニメーション技法を思わせます。さらに右手を失って自我が崩れていくすずさんの背景が歪んでいきます。この場面は原作ではこうのさんが左手で背景を描きましたが、映画でも林孝輔美術監督が左手で描いています。実写ではなく、アニメでしかできない表現です。

子どもができないばかりか、晴美ちゃんまで失い、腕を失って家事もおぼつかないすずさんは北條家で居場所がなくなってしまいます。追い打ちをかけるように焼夷弾が呉の街を焼き尽くし、故郷広島も……。すずさんに笑わされ、すずさんが生きているように感じ始めた観客にとって、この悲劇は他人事ではありません。

すずが知った戦争の現実と希望

原作『この世界の片隅に』上・中・下巻
原作『この世界の片隅に』上・中・下巻
©こうの史代 / 双葉社

『この世界の片隅に』は、「戦争はいけない!」などと、戦後の視点から批判するようなシーンはありません。ただ、唯一、終戦の玉音放送を聴いた後、すずさんは今まで笑いで包んでいた感情を爆発させたように怒り、泣き、叫びます。みんな死ぬまで戦う覚悟だったんじゃないか!と。ここであっさり負けるのなら、何のために晴美ちゃんは、私の家族は、右手は奪われたのかと。

ここですずさんの眼に、遠くの民家にはためく朝鮮の国旗が見えます。当時、植民地朝鮮の人々は呉でも働いており、日本敗戦によって解放されました。その旗を見たすずさんは「海の向こうから来たお米…大豆…そんなんで出来とるんじゃろうなあ、うちは」と言います。このセリフの意味も、いきなり聞かされてもわからない観客がほとんどでしょう。当時、日本は食料の4割ほどを植民地だった台湾や朝鮮から輸入していました。特に朝鮮では凶作で不足していた米を強制的に徴用していました。つまり、ここですずさんは、日本が戦争の一方的な被害者ではなく、加害者でもあった事実に気づくのです。原作では、すずさんが「(朝鮮を)暴力で従えとったということか」と直接的に言いますが、片渕監督は、「それはすずさんらしくない。もっと台所を預かる者としての実感を言わせたい」と思ってセリフを変更したそうです。

その夜、不思議な手が出てきます。最初観た時には何だかわからないかもしれませんが、先に天に召されたすずさんの右手です。右手は、何もかも失ったすずさんの頭をそっと撫でます。この世界の片隅に追い詰められたけど、耐え抜いたね、よしよし、と。

そして、すずさんは右手の「縁」で、希望と出会います。

最後にすずさんの眼に映る世界は、もう歪んでいません。またゴッホの絵のように色鮮やかなきらめきを取り戻しています。

すずさんは道端のタンポポのような存在ですが、踏まれても踏まれても花を咲かせて、種を撒き、人々の心に根を下ろしたのです。

町山智浩さん町山智浩 (まちやま ともひろ)

1962年東京都生まれ。映画評論家。著書『トラウマ映画館』(集英社文庫) 580円+税、ほか多数。


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