Web版 有鄰

550平成29年5月10日発行

50周年を迎えた川崎市立日本民家園 – 2面

大野 敏

川崎市立日本民家園(以下日本民家園と呼ぶ)が開園50周年を迎えた。関係各位へ敬意を表すると共に日本民家園の野外博物館としての実績を振り返り今後への期待を記したい。なお、本稿では特に断りない限り「伝統的な庶民住宅」を民家と呼び、人名は敬称を略した。

日本民家園の成立背景

昭和30年(1955)に横浜国立大学大岡實研究室の関口欣也(同大学名誉教授)が卒業研究で行った民家調査により、現在の新百合ヶ丘駅近くに所在した伊藤家住宅が17世紀に遡る建築であることが見出された。これを契機に、大岡研究室による神奈川県下の民家調査が本格化し、日本の民家研究に大きな貢献を果たした。しかし民家研究が進展する一方、農村における生活改善運動や経済成長による社会変化により、民家の存続は全国的に危機的状況を迎えていた。伊藤家住宅も、昭和38年に至り存続が難しくなった。そのため大岡と関口は伊藤家住宅を三溪園へ移築保存し文化財として存続させることを計画した。

従前も存続困難となった重要民家は公園等に移築保存される例があり、三溪園には昭和35年に岐阜県大野郡荘川村(現高山市)の最上層民家・矢箆原家住宅が移築保存されていた。なお昭和35年は、日本初の民家野外博物館・日本民家集落博物館が大阪に誕生した年で、全国から11件の特徴ある民家が移築・公開された。民家は気候・風土・生業に応じて育まれた地域資産である。そのため、本来の土地から離れて存続させることは本筋でないが、各地の生活文化の特徴を一堂に比較体験できる点において民家野外博物館の意義は高い。

日本民家園の誕生

伊藤家住宅の三溪園移築計画は、昭和39年に至り大転換する。当時の川崎市職員・古江亮仁による伊藤家住宅の川崎市内存続活動である。川崎の歴史文化に明るい古江は、この事態を文化遺産流出の危機と捉え、存続に奔走する。その動きに対して大岡は「川崎市は本格的な民家野外博物館を構想する。その第1号として伊藤家は是非とも市内で存続させたい」という気概を示す必要を説いた。その意を受けた古江の熱意は、当時の川崎市長・金刺不二太郎を民家野外博物館設立へ踏み切らせた。こうして工業都市川崎に、世界に誇る文化施設が誕生した。大岡が提案した基本構想は、世界有数の民家野外博物館であるSKANSEN(スウェーデン)とFRILANDSMUSEET(デンマーク)を参照したもので、多摩区生田緑地内に50件の民家を移築収集する壮大な計画であった。民家集落博物館が全国の代表的民家を収集したのに対し、「東日本を中心に重要な民家を保存する」ことを基本方針として、大岡の学術ネットワークにより情報収集し、候補民家は大岡と古江が直接現地へ赴き確認した。移築事業は関口はじめ研究者、文化庁(当時は文化財保護委員会)や神奈川県など行政の支援を得て、川崎市も文化財建造物専門技術者と民俗関係職員を確保して取り組んだ。そして生田緑地内に約1万坪の敷地を確保し、昭和39年の伊藤家住宅移築保存を皮切りに計4件の民家を移築公開し、昭和42年に「川崎市立日本民家園」が開園した。初代園長は古江亮仁が就任した。

日本民家園の特徴

日本民家園は、昭和46年度までに延べ21件を受け入れ、その多くが昭和48年度までに組立工事を完了し公開された。その後も受納件数と組立件数は増え、平成5年度までに民家主屋18、漁村歌舞伎舞台1、養蚕関連建築1、水車小屋など附属建物5、計25件の歴史的建造物が移築保存された。当初計画からみれば「話半分」であるが、すべてが文化財に指定されている(国指定8件、神奈川県指定10件、川崎市指定7件)。すなわち学術的価値の高い民家を詳細な調査に基づき建築当初形式への復原を目指し、修理工事報告書という学術記録を刊行した姿勢が高く評価されたのである。そして、文化財建造物の専門職員を確保し、移築や維持修理において調査や設計監理を自ら担ってきた点も先駆的であった。

民家配置は、宿場、信越の村、関東の村、神奈川の村、東北の村のように建築類型や地域エリア毎に計画的に配置する。くわえて、園路に石橋・道標・道祖神などの石造物を積極的に移設し、膨大な民俗資料の一部を適宜建物内に展示して生活感演出に努めるなど、民俗関係も学術的に重視してきた。

さらに民家等の展示演出に関し、漁村歌舞伎舞台での民俗芸能公演を軸とした「日本民家園まつり」や、藁細工・竹細工・機織りに関して「民具製作技術保存会(通称民技会)」を組織・育成するなど、民家の見せ方にも留意してきた。民技会編集の「民具の作り方シリーズ」はロングセラーを続けている。

このように、日本民家園は草創期から建築と民俗資料の双方において、学術的な質の高さに裏付けられた公開・教育普及活動を行ってきた。ただし、平成三年までの日本民家園は、ガイダンス機能を持つ本館やガイドブックは未整備で、公開民家は原則土間からの見学に限られていた。

日本民家園の新たな展開

平成4年(1992)、待望久しい本館が竣工し、民家の基礎知識を模型・イラスト・映像によって説明する展示室が整った。この展示をもとに平成五年に「民家園ガイドブック」が刊行され、パンフレットも一新された。その後ガイドブックは英語版が刊行され、パンフレットは中・韓・英・独・仏・西・葡など多言語を揃えるに至り、ホームページ整備とともに情報提供の質・量が大きく進展した。

また、民俗・建築の連携調査研究として移築民家の旧所在地調査を平成4年から開始し、「冬のくらし」をテーマに合掌造り民家における雪囲い調査(団長:上野勝久横浜国大助手:当時)を行った。その成果を平成5年12月の山田家住宅の雪囲い展示に活かした。民技会と日本民家園が協力して準備した雪囲い展示は、「是非展示期間中は囲炉裏に火を入れ床上を公開したい」の想いを高めた。そして、当時の学芸員・三輪修三の呼びかけに応じてくれた14名の市民ボランティアの協力により、雪囲い展示における床上公開が実現し大好評だった。これを契機に平成6年、日本民家園ボランティア組織「炉端の会」が発足した。現在300名近い会員が年間延べ4千数百名以上日本民家園の公開活動に参加してくださり、2~4件の民家が常時床上見学可能となっている。これにより展示民家は「すまい」としての温もりを取り戻した。

三輪は平成5年以降、日本民家園講座を企画催行し、その一部を『民家園叢書』として刊行した。叢書は講演録ばかりでなく、雪囲いや茅葺きの記録、聞き取りによる民家園草創期記録にも及んでいる。

民家旧所在地調査は、渋谷卓男によって民俗資料再整理を兼ねて発展的に継承され、その成果は収蔵品目録と企画展示として平成15年から毎年公表している。目録は展示民家におけるかつての暮らしぶりなどをわかりやすくまとめており、貴重な研究成果である。平成29年度は開園50周年特別展「日本民家園“今昔”ものがたり」を、本館展示室(奥室)をリニューアルした新企画展示室で開催するので、ぜひ楽しんでほしい。

なお、日本民家園設立の恩人・故大岡實の膨大な建築史関係研究資料(写真・図書・図面・ノートほか)が、昭和63年に日本民家園に寄贈され、平成6年から整理作業に着手し現在までに目録9冊を刊行している。

近年、全国的に文化財修理現場の公開が一般化してきたが、日本民家園も茅葺き工事を中心に伝統的建築技術を公開するようになった。現在町家の免震基礎設置工事において、現場を迂回する観覧ルートから常時現場を見渡せるように工夫し、解説板を設置した。「工事の必要性とその様子」を公開することにより、来園者に民家保存の意義も伝えるのである。また、歴史的建造物の発見と保存への助言をおこなう専門家(ヘリテイジマネージャ-)育成講座の実地演習のために民家を提供し、人材育成にも寄与するようになった。

今後に向けて

以上、日本民家園50年の前半は、しっかりとした基盤整備と展示演出により、学術価値の高い民家野外博物館の地位を確立した時期といえる。これに対して後半25年はソフト面で著しい発展を見せた時期で、その様子は日本民家園の「催し物案内」を見れば一目瞭然である。

学芸活動と文化財建築維持活動も、実務とレファレンス業務において高い水準にある。ただし、防災施設工事のリニューアルでは園路の要所に装置が露出するなどの不具合も散見され、民家の維持修理手法も耐震性向上や伝統的技術の継承において課題が少なくない。今後は基盤となる民家の保存継承手法を再度見直してほしい。そして協力者の輪を研究者や建築家・職人などの専門家にまで拡げて、60周年の時には「日本民家センター」の役割を担っていることを期待したい。

ともあれ、是非日本民家園のホームページを見ていただきたい。そして一度は実際に訪れてほしい。3時以前に来園いただければ炉端でのふれあいも楽しめるし、どのような目的の来園であっても必ず満足いただけるはずである。

大野 敏  (おおの さとし)

1962年群馬県生まれ。横浜国立大学教授。

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.