Web版 有鄰

550平成29年5月10日発行

名取佐和子と『江の島ねこもり食堂』 – 人と作品

江の島で食堂を営む4世代100年の家族の物語

名取佐和子さん
名取佐和子

変化しつつ受け継がれる「ねこもり」

江の島をねぐらにする野良猫の世話をし、「ねこもりさん」と呼ばれる女性たちがいた。家族の約100年を描いた長編小説である。

「私は辻堂で育ち、江の島は身近な存在でした。別の町に住むようになって改めて関心を深め、四季折々訪ねたり、伝説を調べ、江の島を題材に物語を書きたいと思っていました。家や学校の近くの高台から見えて身近だけど、島の中にまではなかなか足を伸ばさない、その微妙な距離感にロマンを感じていました。そんな折、自由テーマで小説の依頼をいただき、書くことになりました」

2002年、江の島で民宿と食堂を営む〈半分亭〉の娘・佐宗麻布は、佐宗家の女性が担ってきた“ねこもり”をしつつ、のんびりと暮らしていた。17歳の麻布にとり、江の島と湘南界隈が生活の全てだったが、一家で夜逃げをすることになる。

「ねこもりだから、基本的に島から出ない、また女性を書きたかったので、家業を民宿と食堂にしました。一代限りではエピソードが弱く、学園紛争などがあった1960年代も書きたくて、いっそのこと100年の家族史を書くことにしました。まず年表を作り、日本、世界で起こったこと、ねこもりさん一家で起こったことを並べ、エピソードを決めていった作業はとても楽しかったです」

佐宗家の女性たちは、島でどのように生きてきたか。1915年のすみゑ、1963年の筆、1988年の溶子、そして2017年の麻布。戦争、安保闘争、テロや震災など、佐宗家の約100年は、激動の時代の中にあった。

「原爆やテロなどの大事件は、江の島に住む一家を直撃してはいないけれど、どの家にも何かしらの影響が及んでいることを考えたくて、直前直後の年を選び、登場人物の気持ちや生活に事件が入り込んでいる形にしました。ねこもりさんの家は食堂で、外から来るお客さんと出会い、いろんな体験や痛みを共有する人たちでした」

最終章の時空は、2017年。17歳で島を離れた麻布の現在は? 江の島は、2020年東京オリンピックのセーリング競技会場としても注目されている。

「セーリングの開催地に江の島が決まったとき、物語に入れられる!と嬉しくなったのを覚えています。色々あるけれど、家族と折り合いをつけ、自分の仕事をする、日々暮らしている人がいちばん強いのではないか。時代の波に揉まれながら、個人も家族もどっこい生きてきたと思うし、心さえ死ななければまだ大丈夫かなと、私は未来に希望を持っていますね。ねこもりさん一家が、変化しつつ生きていく感じを描けたらいいと思っていました」

登場人物が動き出す瞬間が小説を書く喜び

兵庫県生まれ。明治大学卒業。ゲーム会社に勤務した後、フリーとして独立。ゲームやドラマCDのシナリオを手がける。2010年『交番の夜』でデビュー。著書に第5回エキナカ書店大賞第1位に輝いた『ペンギン鉄道なくしもの係』『金曜日の本屋さん』シリーズがある。

「子供の頃から本が好きで、小1のときに伝記シリーズを読み漁るなど、少し偏ったジャンルの面白いところに食いつくタイプでした。中学になると有隣堂に入り浸り(笑)、新井素子さん、氷室冴子さん、赤川次郎さんが好きでした。高校時代は友達と文庫売り場に寄り、それぞれ1冊買うのを楽しみ、私は安房直子さんの『南の島の魔法の話』などファンタジックなものが好きでした。それから庄司薫さん、太宰治、尾崎翠と広がっていきました」

大学時代に有隣堂でシナリオ雑誌を見つけ、公募賞に応募したことが、シナリオの仕事に就く機縁になった。奨励賞を受け、シナリオを特技として就職。独立後、ゲームのノベライズにライターとして参加、オリジナル小説を書くよう勧められた。

「本は作家になるべくしてなった人が書くもので、自分には関係がないと思っていました。小説を依頼されて夢中で書いたものが出版されている事態に驚いています。私はキャラクターが好きで、シナリオでも小説でも、著者の手を離れてキャラクターが動きだす瞬間があり、それが快感で書き続けています。結論も未来も分からずに苦しむことが現実では多いから、せめて物語では、起承転結を通して希望を見せられるといい。業の深い人間の良いところを見てみようよと物語を組み立てていくと、私の小説になっていくのかなと思います」

(青木千恵)

江の島ねこもり食堂

名取佐和子/ポプラ社/1,500円+税

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