Web版 有鄰

552平成29年9月10日発行

21世紀SFの瞬間
―クラークとヴォネガットのはざまで― – 1面

巽 孝之

発明家であり予言者でもあったSF作家

アーサー・C・クラーク生誕100年を迎えた今年2017年、まったくの奇遇からクラークの母校キングス・カレッジ・ロンドンを初訪問することになった。第11回国際ハーマン・メルヴィル会議が去る6月27日から30日に至る3泊4日、ロンドンの中心街コヴェント・ガーデン近くの同大学にて開かれたのである。会議初日の朝に到着するやいなや、初訪問するキングス・カレッジ・ロンドンの玄関脇に同大学ゆかりの著名学者や著名作家の巨大な肖像付きプロフィルがずらりと並ぶのを眺めるうちに、クラーク卿の巨大な肖像写真に辿り着いたのだ。そこにはこんな解説が施されている。

「アーサー・C・クラーク(1917-2008)はSF作家、発明家、予言者であり、とりわけ長編小説(およびその映画脚本)『2001年宇宙の旅』の作者として広く知られる。1945年、通信衛星テルスターが打ち上げられる何年も前の時点で、彼は対地静止の人工衛星が電気通信の中継を実現するだろうと予測した。彼はキングス・カレッジ・ロンドンにおいて数学と物理学分野で最優秀の成績をおさめ、名誉校友に選ばれた」

アーサー・C・クラーク 著作の数々

アーサー・C・クラーク 著作の数々

この偉大なSF作家を生み出したことを同校が心から名誉に思っていることが切々と伝わって来るだろう。そう、今日クラークといえば、たしかに名匠スタンリー・キューブリックとの共同作業で成立した1968年の名画『2001年』で描かれる外宇宙探検におけるエイリアンとの接近遭遇のイメージがあまりにも強いかもしれない。しかし同作品をよくよく眼を凝らして観直すならば、主役となる宇宙船ディスカバリー号が巨大人工知能HAL9000に統御されており、たえず地球と連絡を取り合っているという構図のうちに、まぎれもなく当時広く流通していたマーシャル・マクルーハン的な「グローバル・ヴィレッジ」すなわち地球全体が通信メディアによりひとつの共同体を成すヴィジョンが刷り込まれているのがわかる。携帯電話の登場まで言い当ててみせたクラークの予言がなければ、今日のようなスマホ文化が花開くこともなかったろう。その意味で彼は、宇宙空間とともに電脳空間にもあらかじめ夢を馳せていたのである。

メルヴィル『白鯨』とクラーク作品の関連性

そして、19世紀アメリカ・ロマン派作家メルヴィルと20世紀イギリスSF作家クラークのあいだには、浅からぬ縁がある。メルヴィルが世界文学的名作『白鯨』(1851年)を発表したのはアメリカ合衆国が領土拡張主義、転じては植民地主義的政策のスローガン「明白な運命」に突き動かされ、太平洋への進出の果てに極東にも基地を求めるため、わが国の開国を迫ろうと画策していた時期であったが、クラーク『2001年』もまた、人類が外宇宙へ領土を拡張しようとすると、じつは人類自身を超進化させようとするエイリアン種族と思わぬ邂逅を遂げるという、幾重にも入り組んだもうひとつの植民地主義的にして帝国主義的な物語であるからだ。その原型はSF小説のオールタイム・ベストの常連である名作『幼年期の終わり』(1953年)に見られる。同作品に登場する外宇宙からの訪問者オーバーロード(上帝)は人類の超進化を促す触媒としての役割を担うが、彼自身の惑星には海がないので、地球のクジラを複製して故郷へ持ち帰る。けれども、オーバーロードはメルヴィル『白鯨』のモチーフになった聖書のヨナ書については熟知しているのである。

今回の国際メルヴィル会議では、わたし自身は「メルヴィルの身体」というパネルでメルヴィルの師匠格たるナサニエル・ホーソーンの名作『緋文字』(1850年)と『白鯨』の比較を行なったにすぎない。むしろ、大英図書館で行なわれたシンポジウムに登壇した作家フィリップ・ホーアがパワーポイントを駆使した講演でクジラの鳴き声を流し、そこでメルヴィルとクラークの関わりに言及していたのが印象に残っている。

クラークとヴォネガットテクノロジーへの態度の違い

一方、『2001年』の発表された1968年は、米国ポストモダン文学の旗手カート・ヴォネガット(1922-2007)が1962年のキューバ・ミサイル危機を意識して1963年に発表した終末論的SF小説『猫のゆりかご』日本語版が出た年としても記憶される。ふたつとも当時まだ20代だった天才翻訳家・伊藤典夫氏の名訳になるもので、今日でも版を重ねていることも、強調しておこう。当時中学1年生になったばかりのわたしは、1968年という1年間にこれら両作品ばかりかピエール・ブール原作『猿の惑星』の映画版が公開され、さらにはジェーン・フォンダ主演の『バーバレラ』までがお目見えするという、時ならぬSFブームにわくわくするばかりだった。したがって、クラーク作品もヴォネガット作品も、ともにSF小説だということ以上の理解がおぼつかなかったが、よくよく読み直してみれば、クラークが『2001年』で設計した宇宙船ディスカバリー号は原子力エネルギーによるプラズマ駆動で航行しており、ヴォネガットが『猫のゆりかご』で描いた世界の終末は核爆弾を彷彿とさせる最終兵器アイス・ナインによってもたらされる。そう、ともにSF小説に手を染めながらも、両者は明らかにテクノロジーへの態度においてことごとく正反対だったのだ。

面白いエピソードがある。この翌年1969年、アポロ11号が人類初の月面着陸を遂げるさい、クラークとヴォネガットはCBSテレビの特集番組で共演しているのだ。いよいよ月面初着陸というときクラークは仲間のSF作家ロバート・A・ハインラインに電話して「始まるぞ、始まるぞ、始まるぞ!」と興奮して叫んだという。しかし、ヴォネガットは宇宙開発計画そのものに断固拒否感を示す。核弾頭をもたらしたテクノロジーと月面着陸を成功させようとするテクノロジーとは同じものだというのが、その理由だ。クラークが原発推進派だとすれば、ヴォネガットは自称するとおりの反機械主義者にほかならない。1984年に来日した時のインタビューで、彼はこう語っている。

「私はそこにいる多くの人の中でたった一人だけ、着陸に感激していない人間だったのです。よくやるんですよ、みんなを敵にまわしてケンカを。気ちがいじみていますね(笑)。でも、一人くらいは手ばなしで喜んでいられないということを示そうと思ったんですよ。人々にもっと食糧や家を与えなくてはならないのだから、500年後に月に行ったって遅すぎはしないじゃないか?とね。でも、アーサー・クラークが私を黙らせました。今のようにテープを前にして議論をしていたんですが、彼はいきなり、『この宇宙計画の費用は、アメリカの全女性が1年間に口紅につぎこむ金より安いということを知っているか?』と言ったのです(笑)。私はいまだに、なんと答えていいのかわからない(笑)」(「カート・ヴォネガットは語る」、通訳・浜口珠子、『SFマガジン』1984年8月号、168頁)

このインタビューを初出のときに一読したわたしは、クラークとヴォネガットが同席したという歴史的事実そのものに驚いたのだが、以後30年近くを経て刊行されたチャールズ・J・シールズによるヴォネガットの伝記『人生なんて、そんなものさ』(2012年、金原瑞人他訳、柏書房、2013年邦訳)は、まったく同じ番組をややニュアンスの異なるかたちで紹介している。このCBSテレビの座談会が行われたのは1969年7月20日で、司会はウォルター・クロンカイト。ヴォネガットとクラーク以外の出演者は児童文学者ジェローム・ビーティと先端的フェミニスト思想家グロリア・スタイネム。このとき彼が、「貧困をなくすよりも宇宙開発を優先させるというのは倫理的に受け入れ難い」と語るとスタイネムが賛意を示し、ふたりはそろって司会者に水をさすような(bitter)態度を取ったがために視聴者からも「ヴォネガットとスタイネムなんかアメリカ国民じゃない、この歴史的事件を台無しにしやがって」なる抗議がぞくぞく届いたという。とすれば、日本版インタビューでこの月面初着陸にはヴォネガットただひとりが否定的態度を取ったというのは何らかの自己演出で、じっさいには代表的フェミニストの賛同を得ていたというのが正しい。もっとも、こうした複数のメディアにおける発言の齟齬のゆえんは、作家が鬼籍に入ったいまとなっては、掴みようもない。

だが、ひとつだけ明らかなのは1969年のCBSテレビではクラークがいまなら反フェミニストとも取れる発言を平然と行ない(それでも問題なく受け入れられる時代だったのだ)、21世紀にはヴォネガットがかつて日本版インタビューでは抹消した代表的フェミニストたるスタイネムの固有名を復活させた、ということである。性差意識の向上と自然環境意識の向上が、この半世紀のあいだに、テクノロジーをめぐる世界観をまったく変革してしまったこと、これが興味深い。

わたしが21世紀を――そして新たなSF的可能性を――感じるのは、じつにこうした瞬間である。

巽 孝之さん
巽 孝之 (たつみ たかゆき)

1955年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部教授。アメリカ文学者。
著書『「2001年宇宙の旅」講義』(平凡社新書)720円+税、『「白鯨」アメリカン・スタディ-ズ』(みすず書房)1,300円+税、ほか多数。

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