Web版 有鄰

552平成29年9月10日発行

大崎 梢と『横濱エトランゼ』 – 人と作品

場所に秘められた逸話を知って主人公が成長していく連作短篇集

大崎 梢さん
大崎 梢

舞台は横浜の情報誌編集部

レトロな建物と、ランドマークタワー、ベイブリッジなどの新しい施設が調和して発展する国際港湾都市・横浜には、知られざる歴史や人々の思いがあった。横浜を舞台にした、ノスタルジックで心温まる連作短編集である。

「20年以上横浜に住みながら、横浜を舞台にした小説を書いたことがなかったので、やってみようと思ったのが端緒でした。数年前に『横浜三塔』の話を聞き、知らないことがたくさんあると思ったんです。文明開化の頃の横浜を調べて面白く感じたことを、物語にして伝えてみたいと思いました」

高校3年の広川千紗は、「ヨコハマ・ペーパー・コミュニティ(ハマペコ)」を発行する横浜タウン社でアルバイトを始めた。社長兼編集長が病気で療養し、代理で編集長になった幼なじみ、善正を助けたいと思ったからだ。ある日、元町の洋装店を訪ねて高齢のマダムに会う。店は明治創業の老舗だった――。

「元町、山手など、横浜でも有名どころにスポットを当てて、誰もが楽しめる話にしたいと思いました。どんな話にしようか考えながら馬車道を歩くと、すぐに馬車道を過ぎてしまって途方にくれたり、なかなか難しかったですね。それで何度も訪ねて、資料を調べました。江戸後期から発展した横浜の場合、昔の風景が写真で残っているんです。古地図や写真を見て今とまるで違うことに驚いては、構想していきました」

19世紀半ばの黒船来航により、日本の開港地に選ばれたのが横浜だった。外国人居留地が作られ、港町の発展が始まる。震災や戦争で甚大な被害を受けたが復興し、今は約373万人が暮らす大都市だ。戸塚で育ち、港の近辺には疎かった千紗は、さまざまなことを知っていく。

「元町にあった百段階段は関東大震災で壊れ、根岸の競馬場は戦争の影響で閉鎖されました。それきり誰も足を踏み入れることができなかった…といったエピソードを知ると、心惹かれます。なくなって戻らないほろ苦さ、哀愁とミステリーは相性がいいのかもしれないですね」

「元町ロンリネス」「山手ラビリンス」「根岸メモリーズ」「関内キング」「馬車道セレナーデ」の5編だ。千紗と善正、千紗のいとこでニューヨークに渡った恵里香の三角関係も描かれる。

「5編を書き終えて横浜を再認識し、やはり凄い街だと思いました。日本初の近代的街路樹やガス灯が馬車道で発祥し、輸入物の家具店、洋菓子店といった新しいものが商われたのが横浜だったんです。鎖国が解かれて外国人と日本人が暮らし、よそ者を排除せずに新しいものを創りだした伸びやかさは、いつまでも横浜の魅力であってほしいですし、人間のチャレンジ精神は凄いと思う。1編ずつ書くうちに着地点が見え、本のタイトルが『横濱エトランゼ』になりました」

横浜に在住し子育てを終え書店員から作家に

東京都生まれ。横浜市在住。元書店員。書店で起こる小さな謎を描いた『配達あかずきん』で、2006年にデビュー。近著に『スクープのたまご』『よっつ屋根の下』『本バスめぐりん』などがある。

「子供の頃から本が好きで、家にあった世界文学全集を読んだり、兄がいたので少年漫画も読んでいました。中学で東京から神奈川に越し、書店といえば有隣堂でした。影響を受けた作家は横溝正史さん。怖いけれど、誰が読んでも楽しめるつくりのエンターテインメントで、凄く面白いと思いました。結婚し、子育てが一段落して書店で働き、日々の出来事を友達に話したら面白いと言われました。新刊書店を舞台にした小説が当時なかったので、書いてみた物語がデビュー作になりました。よさこい祭りがいかに面白いか、伝えたくて書いたのが『夏のくじら』でしたし、珍しいことを見つけては、こういうことがあるのよと人に話すのが楽しみで、物語にして書いています」

デビューから10年以上経ち、恋愛、家族など、多彩なテーマを手がけてきた。

「何か欠けている、ままならないとか、いろいろ抱えながら、みんな生きているのだと思います。家族のあり方や幸せのパターンは決してひとつではないので、そこは肯定していきたい。私自身がエンターテインメントが大好きですから、小説を楽しんで、面白かったと言ってもらえたらありがたいですね。今回の本では、『横浜に行ってみたくなった』と言ってもらえたら嬉しいです」

(青木千恵)

横濱エトランゼ・表紙

横濱エトランゼ
大崎 梢/講談社/1,400円+税

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