秋吉理香子
結婚相談所、街コン、お見合い番組、代理婚活――。サプライズ満載の婚活ミステリー短編集である。
「2013年に『暗黒女子』を刊行してすぐに、実業之日本社から小説のご依頼がありました。担当の方と話す中、婚活に特化したミステリーってあまりないですよねという流れで、婚活をテーマに短編をひとつ書くことになりました。『月刊ジェイ・ノベル』2014年1月号に発表すると好評で、シリーズ化して1冊にまとまりました」
単発の予定で書かれた冒頭作「理想の男」は、40歳目前にして恋人にふられた女性が、成婚率が高いという結婚相談所を訪ねる物語だ。
「理想的な人を紹介されたけど、相手をよく知らずにつき合うのって怖いよね?という発想から書きました。シリーズ化が決まり、ダークな一編目と違ういろんなバリエーションの話を作ろう、婚活に関する最新の題材を入れていこうと試みました」
2編目の「婚活マニュアル」は、受験でも就職でもマニュアルに頼ってきた会社員が、マニュアル本を熟読して街コンに参加する話。3編目「リケジョの婚活」は、お見合い番組に出演する男性に一目ぼれした女性が、〈婚活ツール〉を使い、本命男に近づくストーリーだ。
「全てをデータ化する女の子がいたら面白いなと思い浮かび、好きで観ていたお見合い番組と女の子を組み合わせてみました。街コンなどの新しい題材を取り入れましたが、ベースにあるのは結婚相手を探したいという原始的な思いなんですね。現代の婚活を通して、人の普遍的な悲哀や切実さ、愛らしさ、世相の移り変わりが見える物語になるといいなと目指したのが今回の共通テーマでした」
「リケジョの婚活」は高く評価され、2016年の日本推理作家協会賞で短編部門の候補になった。そして最終話の「代理婚活」は、35歳の一人息子の婚活を代理で行う初老の夫婦の話だ。もちろん架空の人物だが、ごく自然に動きだしたという。
「設定を決めたら実在の人物のように動き、“ちょっといい話”で連作を締め括ることができてよかったです。母の年代と私の年代は結婚観が違い、今はさらに変わっていて、婚活には世相が反映されています。マニュアルなんてと思いながらも、私の頃にあれば読んでいたかもしれない。移り変わりを見てきた私からのメッセージのような、そんな1冊になりました」
兵庫県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。ロヨラ・メリマウント大学院にて映画・TV製作修士号取得。2008年、「雪の花」で第3回Yahoo!JAPAN文学賞受賞。2009年、短編集『雪の花』でデビュー。『暗黒女子』が大きな話題を集め、2017年に映画化された。ほかの作品に『聖母』『自殺予定日』『ジゼル』など。
「本好きの母に児童文学全集などを買ってもらい、子供の頃から本が好きでした。小学5年生のときに母が読んでいたカフカの『変身』を見つけて、悲惨な内容に衝撃を受けました。以来、太宰治、カミュ、三島由紀夫といった大人の本を読んでは打ち震えていました。世界はシリアスで、努力しても報われないかもしれないけど、人は小さな幸せを見つけて生きていくんだと感じ、小説家になりたいと思い始めたのは中2の頃です。10代で渡米、帰国して、創作クラスのある早稲田大学に進学しました」
再び渡米して大学院に進み、アメリカで映像編集の仕事をしながら投稿を重ねた。純文学のデビュー短編を読んだ双葉社の編集者にミステリーを書きませんかと言われ、『暗黒女子』でブレーク。以降、エンターテインメント作家として活躍している。
「『暗黒女子』を書くまで純文学しか読んでおらず、1冊でも本を出せたらと思って投稿していたので、今の状況に驚いています。中2のときから、作家になりたい情熱が消えませんでした。投稿時代と今の大きな違いは、締め切りがあること(笑)。100枚の純文学作品を1年がかりで書いていたのが、今は2、3週間で仕上げています。ダークなミステリーを書いてきましたが、『婚活中毒』もシリアス、コミカル、心温まる話と散りばめましたし、これからはいろんなものを書いていきたい。遠藤周作さんが好きで、宗教をテーマにしたものに挑戦したいですし、たくさんのジャンルを描き分けていけたらと思っています」
(青木千恵)