Web版 有鄰

554平成30年1月1日発行

有鄰らいぶらりい

おもかげ』 浅田次郎:著/毎日新聞出版:刊/1,500円+税

冬のある日、商社社長の堀田憲雄は病院に向かう。6年前から関連会社に転出していた同期入社の竹脇正一が、送別会の帰りに地下鉄で倒れたという。竹脇の妻・節子や幼なじみの永山も、それぞれに病院に駆けつけていた。

家族や旧友の心配をよそに、意識が戻らない竹脇は、集中治療室のベッドに横たわって奇妙な体験をしていた。マダム・ネージュと名乗る老女と食事に出かけ、次いで現われた白いサンドレスの女と真夏の海辺で昔話をする。

竹脇は昭和26年(1951)12月に生まれ、会社員として懸命に働いてきた男だ。2度目の退職を65歳で迎えたところだが、実は彼の誕生日は“推定”だ。どこの誰とも分からない状態で戸籍が作られ、同い年の永山と同じ養護施設で育った。節子との結婚は40年前だ。生死の境界をさ迷う竹脇が、集中治療室で出会った謎の水先案内人たちに導かれ、やがてたどり着いた場所とは。

高度経済成長期を生き抜いた男の人生を通し、昭和、平成にわたる時代の変遷、人の悲哀や大切なことを見つめる。1994年発表のベストセラー『地下鉄に乗って』でも知られる希代のストーリーテラーが、改めて地下鉄をモチーフに、手練の筆致で紡ぎあげた最新長編。読後は深い感動に包まれる。

人魚の石』 田辺青蛙:著/徳間書店:刊/1,700円+税

山寺を1人で守っていた祖母が死んで1年。関西の田舎に越して寺を継いだ日奥由木尾は、新米住職として働き始める。過疎高齢化が進む集落での生活は苦しいが、子供の頃の遊び場だった山寺を復興したいと考えていた。ある日、掃除のために池の水を抜くと、中から真っ白な男が現われる。男は自らを人魚と名乗り、ずっと昔に由木尾の祖父に湖で釣られ、寺に連れて来られたという。ひょうひょうと振る舞う白い男=うお太郎=は、日奥家に伝わる“石の使い方”を教えてくれるというのだが――。

由木尾がうお太郎と出会う「幽霊の石」から始まり、「記憶の石」「生魚の石」「天狗の石」「目玉の石」など9章が連なるホラー・ファンタジー長編だ。人魚や天狗といった人外のキャラクターが続々登場し、不思議な力を宿らせた石をめぐる物語が展開する。ごく普通に見えていた人々の意外な一面や、秘密が明らかになっていく。

著者は2006年、第4回ビーケーワン怪談大賞で「薫糖」が佳作となり、2008年、「生き屏風」で第15回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した気鋭の作家。石をめぐる不可思議な物語に引き込まれる本書は、イマジネーションあふれる最新書き下ろし小説。リアルでユーモアも楽しい、優れた作品だ。

太閤私記』 花村萬月:著/講談社:刊/1,700円+税

男として、いや、人として扱われていない。毎度のことと腹を括った「俺」は、満面の笑みを作り、針の能書きをとうとうと並べた――。

針売りの行商をする日吉丸は、尾張の西にある山地で生まれた。山落の狭い世界を嫌って里に降り、その日暮らしの気楽さを楽しんでいた。ある日、知り合った女の伝手で野武士の頭領、蜂須賀正勝に引き合わされる。

女は小紫といい、正勝の愛人だったが、日吉丸とも関係を持つようになる。〈天下を狙うたらどうじゃ〉と小紫に言われた日吉丸は、大胆にも「天下」を意識するようになる。蜂須賀家を去り、今川家家臣の松下長則に召し抱えられる。長則、之綱父子に可愛がられて譜代の者から妬まれ、松下家を出て織田信長に仕える。信長は、圧倒されるほど苛烈な男だった。

〈息をするも悲哀。/死するも悲哀。/なぜ人は悲しみを背負って生まれ、哀しみを背負って死んでいくのか〉。主君の力量を見きわめ、弱点を探り、全力で取り入る。信長に重用され、史上最大級の出世をした豊臣秀吉の半生を、「俺」の一人称で描きあげた歴史小説である。著者ならではの文章と史眼で秀吉の実像に迫る。『信長私記』に続く、「私記」シリーズ第2弾。第30回柴田錬三郎賞受賞第1作でもある。

きまぐれな夜食カフェ』 古内一絵:著/中央公論新社:刊/1,500円+税

気まぐれな夜食カフェ・表紙
『きまぐれな夜食カフェ』
中央公論新社:刊

新卒で就職に失敗し、オペレーターのアルバイトをして5年目の綾は、仕事も周囲の人々も気に食わない。勤務時間外はスマホやパソコンに向かい、匿名ブログであらゆるものをこきおろしては憂さを晴らしていた。最近ターゲットにしているのは、新人漫画家の藤森だ。動向を追いかけ、“運命を変えてくれたカフェ”について藤森がインタビューで語っているのを目にした綾は……(第1話「妬みの苺シロップ」)

世界的レストランの最年少スタッフに抜擢されたが、挫折してしまった省吾(第2話)。更年期と呼ばれる年齢にさしかかり、14年連れ添った夫から離婚を切り出された燿子(第3話)。70半ばを過ぎて一人暮らし、思いついてエンディング・ノートを買い、余命を見据える比佐子(第4話)。それぞれに葛藤を抱えた人々が、“運命を変えるカフェ”と言われる「マカン・マラン」を訪ね、物語が動く。マカンはインドネシア語で食事、マランは夜を表わす。個性的な店主のシャールが営む夜食カフェだ。

ジュンサイの麺つゆで食べる冷や麦、美しいルビー色のスープカレーなど、登場する料理も美味しそう。食欲と意欲が湧き、物語に心ほぐされる。春夏秋冬を描いて好評の「マカン・マラン」シリーズ第3弾。4編を収録。

(C・A)

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