Web版 有鄰

556平成30年5月10日発行

丹沢に咲く花 丹沢の四季をめぐる – 2面

酒井明子

神奈川県北西部に広がる丹沢山地

今朝もニュースの中継に東京からの富士山が映し出される。誰しも美しい富士山に目を奪われるが、さえぎるようにその手前に丹沢山地がそびえているのをご存じだろうか。

丹沢山地―神奈川県民にとっては、生活を支える水源林の山、自然を楽しむふるさとの山としてもお馴染みだ。とくにピラミダルで均整のとれた三角の山、大山には遠足や家族で登ったことがある方が多いと思う。丹沢周辺の小中学校の校歌などには、ほとんど「丹沢」「大山」のフレーズが入っている。私も「きれいな大山よく見えて、いつも明るくわく希望~」こんな小学校の校歌を歌い、正面に大山を眺めて通学していた1人であり、身近で親しみがある山なのだ。

また距離にして都心から約50キロと近いにも関わらず、実は多くの生き物や植物(哺乳類35種、鳥類247種、昆虫類7527種、維管束植物1627種:2007年神奈川県丹沢大山総合調査)がみられる自然豊かな地域でもある。

丹沢に咲く花についても知ってほしい

そんな丹沢に1度でも来られた方なら、自然に魅了され、何かしら心に思い浮かぶ情景があるだろう。丹沢に登った時の山頂からのぞむ雄大な眺め、丹沢を刻む沢や谷の涼やかな風景。そんな季節ごとに移り変わる美しい景色の中、歩くその先や足元などには、様々な花がひっそりと咲き、私たちを迎えてくれる。いったいその花にはどんな名がついているのか、興味のある方も大勢いることだろう。

しかし実際、一般的な図鑑で名前を調べると、全国津々浦々の花満載で、お目当ての花を探し当てるのには一苦労だ。

そこで今回、丹沢に初めて来た方や植物観察を始めたばかりという方にも、お役に立てていただけるような図鑑を目指し、丹沢自然保護協会(丹沢を中心に自然保護活動をしているNPO法人)では、『丹沢に咲く花』を作成することになった。協会理事長号令のもと編集委員4人が集結し、これまで撮りためておいた丹沢の風景や花の写真をかき集めた。4人とも10年以上丹沢に関わる仕事をしており、それぞれに丹沢の自然を愛し、丹沢をくまなく歩いている。その知識や経験から、丹沢という絞った地域のおよそ400種もの花々の掲載種を選出した。掲載は色別と花期順で調べやすくしつつ、環境別の生息地や丹沢という地域の特色ある種や希少種などもコラムなどで紹介した。その他にも、近年変更されたDNA分析によるAPG解析という分類による科の変更に対応し、植物の専門用語などの一般的には難しい表現に対しては、初心者の方でもわかりやすい言葉を選び、解説文を書いた。また、世界共通の学名や花期、地面からの高さ、花の咲く環境などのデータや花名を覚えやすくするために、漢字名や別名なども記載している。

まずは実際、丹沢を歩いてみて、身近な花を手がかりに本書で調べてほしい。花を撮影した日付からめぼしをつけることもできる。時間のある時には、この図鑑をぼんやりパラパラめくるだけでも新しい花との出会いがあり、その花を探してみたいと思うことだろう。

そこで、図鑑で思わず調べたくなるオススメの花を、春から冬へと移り変わる季節に合わせて紹介していこう。

丹沢で出会う四季折々の花たち

春―雪解けが進む頃、丹沢の山々には多くの光がふりそそぐようになる。植物たちもそろそろ目覚め、早春の花が少しずつ咲き始める。早い時は2月、芽吹き前のまだまだ冬ざれの景色の中、黄色く線のような花びらをもつマンサクが咲きだす。3月ともなれば、樹木のアセビやツノハシバミの花も見かけるようになる。山ろくでは沢ぞいから春が訪れ、ネコノメソウの仲間たちやトウゴクサバノオ、あたたかな日差しを浴びたキクザキイチゲの可憐な姿を見つけられる。続々と開花する小さな花たちを前に、本格的な春が来た喜びにふける。

そして丹沢の山々は桜と萌黄色の山笑う景色に変わり、林床ではスミレたちが咲き誇るだろう。春は1年で最も劇的な変化が見られる季節だ。

ゴヨウツツジ

ゴヨウツツジ

初夏―春から夏へ移る青葉まぶしいこの頃、丹沢は1年で最も賑わうツツジの季節だ。多様なツツジが見られる丹沢では、山ろくのミツバツツジから始まり、ついでヤマツツジが開花する。5月中旬から6月にかけて、標高800メートル以上の山稜線付近ではゴヨウツツジやトウゴクミツバツツジが咲き競い、純白と赤紫の色で美しく彩られた景色が広がる。丹沢では登山客も大勢見られ、ウツギやカエデの仲間など多彩な樹木の花咲く時期でもある。

ギンリョウソウ

ギンリョウソウ

そして山滴る季節と変わっていき、湿気た場所では変わった風貌のギンリョウソウやランの仲間などが見つけられるだろう。

夏―暑さがピークになると丹沢の山は登山客が減り、静かな山稜付近には華やかな花が咲いてくる。シモツケやシモツケソウ、そしてヤマオダマキ。山ろくではヤマユリ、ヤブカンゾウ、イワタバコ。夏の花の特徴はなんといってもカラフルで派手な色のものが多い。深い緑の中で精一杯目立とうとしているからかもしれない。

秋―ブナが黄金色に染まる頃、丹沢は野菊の季節だ。シロヨメナ、ノコンギク、シラヤマギク。丹沢では個性的なタテヤマギクとハコネギク。野菊は野菊でもその違いが見分けられるようになると、一層また花探しが楽しい。センブリやリンドウが咲く頃には、春から続いた花巡りがフィナーレを迎える。山装う鮮やかな紅葉の季節、秋の花は山の上から山ろくに向かって進んでいく。

冬―木々の葉が枯れ落ち、寒さが身に沁みてくるころ咲きだす花がある。カンアオイ、ヤブツバキだ。カンアオイは常緑のハート形の葉を持ち、紫褐色の地味な花を咲かせる。葉は希少種であるギフチョウの幼虫の食草にもなっている。ヤブツバキは赤く大きな花で鳥を呼び、受粉を助けてもらう仕組みを持っている。花は多くの生き物とつながって生きているものなのだ。

シモバシラの氷柱

シモバシラの氷柱

冬の楽しみは花だけではない。本書内でも紹介しているシモバシラの氷の華の観察だ。夏に白い細かな花を咲かせるシソ科の植物シモバシラは、12月氷点下の寒さになると、根から茎へと吸い上げた水分が凍り、茎を突き破って美しい氷の芸術品をつくりだす。まさにそれは輝く氷の華なのだ。冬は閑散とした山眠る季節だが、自然現象に目をむけてみるのもまた一興である。

そして次の春を待つのだ。

こんな風に丹沢では、春夏秋冬と季節は移ろい、草木は順番を待って、花を咲かせる。それぞれ、丹沢の800メートルを越す主稜線付近の風衝地からブナ帯、岩稜地、沢沿いそして山ろくまでの様々な環境の中、好みの気候条件や土壌条件の中で存在している。自然に生える植物は、その場所のその環境が好きで、そこに暮らしているのだ。

そんな丹沢にあって、残念ながら数を減らし希少種となっているものがある。それは、気候や土壌流出などの環境変化、また動物による採食などで自然に減ってしまうもの、残念ながら園芸目的の心無い採集などもみられる。野生の花は見るだけ撮るだけ観察するだけと、心してほしい。

身近な丹沢を知ることは、自然を大切にする第一歩となり、それが未来へとつながっていく。図鑑を片手に、四季を通じて丹沢の色々な場所を巡ってみれば、きっと丹沢の花に心癒され、笑顔になることだろう。

この図鑑が丹沢に興味をもつきっかけとなり、ひとりでも多くの方が丹沢に足を運んでくだされば幸いである。

酒井明子 (さかい あきこ)

1970年神奈川県生まれ。NPO法人丹沢自然保護協会監事。

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