Web版 有鄰

566令和2年1月1日発行

女性のための鶴見線入門 – 海辺の創造力

蜂谷あす美

「旅」というと、遠くへ行くもの、時間もお金もかかるものという印象を抱きがちだ。しかし横浜市と川崎市の臨海部には、非日常を手軽に味わうことのできる鉄道路線、JR鶴見線が存在している。

鶴見線とは、横浜市鶴見区の鶴見駅と川崎市川崎区の扇町駅を結ぶ7キロの本線に加え、途中駅の浅野駅から分岐し海芝浦駅に向かう1.7キロの海芝浦支線、同じく途中駅の武蔵白石駅から分岐し、大川駅に向かう1キロの大川支線で構成される路線のこと。

こう書くと非常にややこしい感じがするが、もっとややこしいのはそのダイヤ。平日の朝晩であればそれなりに本数はあるものの、土日ともなれば日中は1時間に2本程度。しかもこの2本程度というのは本線と支線をすべて合わせたものなので、各終着駅まで行こうとすると、さらに減って1~2時間に1本程度。大川支線にいたっては1日3往復のみ。このような事情から、ときに鶴見線は「都会のローカル線」として形容される。

都市部にありながら、どうしてかくも本数が少ないのか。鶴見駅を発車した列車は、途中の鶴見小野駅から独特の車窓を見せてくれる。右を見ても、左を見ても、工場、そしてまた工場……。鶴見線は京浜工業地帯を貫く路線であり、車窓に見える景色を「勤務地」としている人たちが通勤で乗るための路線なのである。

もっとも、通勤者でなくとも、きっぷを買えば誰だって乗車することができる。ほかでは見られない、どこか異世界めいた車窓ゆえ、鉄道ファンからの人気は高い。

鶴見線が独特なのは車窓に限った話ではない。浅野セメント(現太平洋セメント)で知られる浅野財閥の浅野総一郎に由来する浅野駅、安田財閥の安田善次郎にちなんだ安善駅など、工業地帯ならではの駅名が随所で見られ、「ではこの駅の由来は」と探っているだけで楽しくなってくる。

また、海芝浦支線の終点、海芝浦駅は京浜運河に面し、ホームの真横にまで海が迫っている絶景スポットなのだけど、改札が工場の入り口を兼ねている構造で、部外者は駅の外に出ることができない。しかしご安心を。ホームの奥には海芝公園という、ベンチやお手洗いが整備された公園が設けられており、好きなだけ海を堪能することができる。おすすめは夕暮れ時だ。

それから、国道駅(国道沿いに位置していることに由来)は戦前の駅舎が今も現役続投中。ホームから階段を下り、改札を抜けると、高架下に至る。昭和初期に迷い込んだ?と錯覚を覚えるような空間が広がり、ひんやりとした風が頬をかすめていく。駅舎に残された機銃掃射痕が静かに歴史を語りかけてくる。また、駅から少し歩いた先には海鮮問屋街があり、おいしい魚介類をいただくことができる。

もしぽっかりと用事のない日があったなら、ふらり立ち寄れる鶴見線でショートトリップはいかがだろうか。ちなみに、沿線は路線バスが充実しているため、満足したら(あるいは飽きたら)いつでも帰宅可能だ。

(旅の文筆家)

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