Web版 有鄰

466平成18年9月10日発行

光原百合と『銀の犬』 – 人と作品

ケルト民話を原型にした異世界ファンタジー

光原百合
光原百合

妖精と人間の世界をさまようオシアン

声を失った楽人(バルド)オシアンと、その相棒ブランを主人公にした物語。連作長編で、表題作「銀の犬」など5編を収めている。

「アイルランド、スコットランドなどの地域を中心に語り継がれてきたケルト民話の中でも、“オシアン”のエピソードは有名です。オシアンとは、並はずれた音楽の才能を妖精の女王に愛され、彼女の国で暮らすようになりますが、故郷が懐かしくなって里帰りしたときうっかり禁を破り、妖精の国に戻れなくなってしまったという人物です。この話をモチーフにした小説をいつか書きたいと思っていました。ようやく1冊にまとまり、感慨無量です」

光原さんは、幼い頃から本が大好きで、小学生の頃からずっと物語を書いている。物語の「核」は、どこかから降ってくるようにして思いつくという。

「5編のうち、最初のエピソード『声なき楽人』の場合は、愛憎半ばして結果として相手を死なせてしまうミステリーを描いた映画をみて、そうした人間の不可解さを自分なりの物語にしてみたいと考えました。その思いつきをケルト民話と融合させて妖精や妖魔がいろいろと出てくる異世界ファンタジーの連作になりました」

“伝説の祓いの楽人”としてオシアンは登場する。この世に思いを残し、妖魔や悪鬼になった人間の魂を、オシアンは解き放つ。オシアンを始め、第2話「恋を歌うもの」に出てくる女妖ラナン・シー、その子のガンコナー、第3話「水底の街」に出てくるイースの街などは、ケルト民話に原型がある。知る人は連想するだろうが、知らない人でも十分に楽しめる独自の世界が構築されている。光原さんは大学で英文学を専攻。J・R・R・トールキン『指輪物語』など、幻想的な英文学を好んで読むうちに、ケルト民話の影響も受けていた。

「元々、妖精や妖怪、物の怪などが好きで、幻想を愛する民だったケルトに自然に惹かれたようです。妖精と人間の世界をさまようオシアンの物悲しさは、『浦島太郎』をほうふつさせますし、日本とケルトの感性は意外に似ていると思います。善と悪を分ける二元的な価値観ではなく、善悪どちらにも分けられないものが共存する価値観で、近代において主流ではないけれど、底流に残り、どこか人の心になじむ魅力的な世界なのだと思います」

第5話の「三つの星」では、王妃が騎士と恋に落ち、王の怒りを買って死に、ふたりの魂が離ればなれにさまよっている。オシアンらは、悲劇の恋人たちの隠された心を知る。自身もさまようオシアンだからこそ、見ることができる真実が描かれる。

「シャーロック・ホームズや明智小五郎、ブラウン神父ら推理小説の名探偵は、どこにも属さないアウトサイダー的な立場から、さまざまな事件を解決していきます。妖精にも人間にも属さないオシアンが、アウトサイダーの視点から謎を解いていく。それが、この連作の基本構造になっています。愛するからこそ相手を危めてしまうような、善悪にきっぱり分けられない人間のミステリーを書いてみたかった。日常的に起きる、人間同士の迷いや誤解は、全てが謎ですから」

せめてお話の中で心がほぐされる世界を

広島県尾道市生まれ。大阪大学大学院修了。現在、尾道大学芸術文化学部講師。詩集や童話を執筆しながら、1998年、初のミステリー『時計を忘れて森へいこう』を発表。2002年、「十八の夏」で日本推理作家協会賞(短編部門)。他の著書に、『最後の願い』『遠い約束』などがある。3つの劇団、LED、桃唄309、トリのマーク(通称)のファンで、年に数回は観劇に上京する。英文学、推理小説、演劇など、好きで読み、観るものが、自然に著作に反映され、オリジナルの物語になる。

「そこに悪意が存在しなくても悲劇や悲しい結末が起きしまう、そんな人間の物悲しさを、少しでも解きほぐすことができたらいいなといつも思っていて、せめてお話の中で心がほぐされる世界を描きたい。少し見方を変えるだけで、人の姿はいろいろに見えますから、それを描いて、読者に楽しんでいただきたいですね。この本は異世界ファンタジーですが、三角関係やちょっとした誤解など、隣近所で起きているような小さな謎が書かれています。私の場合、日本を舞台にしても、異世界を舞台にしても、ごく身近な行動原理で動く人々の物語になるようです」

(青木千恵)

『銀の犬』・表紙

銀の犬
光原百合/角川春樹事務所/1,900円+税

※「有鄰」466号本紙では5ページに掲載されています。

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