Web版 有鄰

457平成17年12月10日発行

今野 敏と『隠蔽捜査』 – 人と作品

対照的な二人のキャリアがぶつかり合う警察小説

今野 敏
今野 敏

警察官僚として父親として激しく葛藤

警察庁長官官房総務課長の竜崎伸也は46歳、東大卒。<東大以外は大学ではない>と思い、<人間が犬猫と違うのは目標を持ち、それに向かって自分を律して努力する点なのだ>とし、日曜夜に警視庁から連絡があれば、駆けつける。<エリートには特権とともに当然大きな義務もつきまとう>と考えているから。「原理原則」一直線の男なのだ。

「警察ものの新シリーズを書くことになり、キャリアと呼ばれる上級の国家公務員について調べ始めました。激務をこなしながら、トップの長官、事務次官になる人は、彼らの中の一握り。特に警察官僚は、事件や政治家と接するので、ダイナミズムがあって官僚小説として面白くつくれそうだと思いました」

竜崎は、<いかに早く中央の警察庁に戻ってくるかが、出世の一つのバロメーターになる>と考える。同期入庁で私大卒の伊丹俊太郎が警視庁刑事部長になった人事を知り、<やはり私立大卒はこんなものだ><こちらは国家の中枢>だといい気分になる。

「これほど嫌な奴はいないと思わせて、嫌な奴だが実はこっちが正しいんだと、印象が変化していく作り方をしました。最高の先生とOBが揃う東大に行けば、やりたいことがやれる範囲が広がるから合理的なんだと本気で言っているところで、一般人とずれている。『あなたは変人だから……』という奥さんのせりふで、彼の性格が読者に伝わる書き方をしています」

官僚小説であり、警察小説でもあるので、事件が発生する。ある朝、足立区内で30代の男が殺された事件を報道で知った竜崎は、事件の報告がなかったことを不審に思う。殺された男は80年代に少年が起こした凶悪事件の実行犯の一人だった。さらにもう一人が殺され、容疑者の扱いをめぐり、現場の伊丹と対立していく。東大卒で冴えない竜崎と私大卒で颯爽とした伊丹。対照的な二人のキャリアがぶつかり合う――。

「今回の小説は、キャラクターが自然に動いて物語を運んでくれました。主人公が一番面白く動いてくれた小説かな。あと、伊丹が凄く揺れて物語の幅が広がった。颯爽としてみえる人って、実は演技している場合が多く、いざというときに仮面がはがれる。竜崎のようなタイプは、何が起きても変わらない」

今野さんの警察小説は、事件の詳細よりも、警察の人々のホームドラマを書き込むことが多い。竜崎は、二人の子供の親である。浪人中の長男が麻薬を吸ってしまい、竜崎は父親として、警察官僚として、激しく葛藤する。

「今あるさまざまな問題の根本の出所は、家庭だと思います。家庭の中に大人がいないことが気になって、ホームドラマを書くようになってきた。おかしな家庭ばかりが注目されますが、しっかり築かれている家庭もあるから、ちゃんと書いておきたい気持ちがある。また、公的機関の不祥事についても、組織を守ろうとする官僚の本能が働いてもみ消す、隠蔽しようとする体質を、誰かに叩いてもらいたいと思っていた。叩けるのは、原理原則主義者の変人しかない。自分の保身を考えない人ですね。最近の世の中には希少な”変な人”だが、社会の危機管理において非常に重要な人なんです」

新・警察小説としてシリーズ化

昭和30年北海道生まれ。上智大学在学中の53年に問題小説新人賞受賞。レコード会社勤務などを経て、作家専業になる。作風は多様で、57年に初の単行本が出て以来、今回が126作目。警察小説では安積警部補シリーズなどがあり、今回の竜崎を主人公にした新・警察小説も、シリーズ化が決まっている。「空手道今野塾」塾長、日本ペンクラブ獄中作家委員会委員長も務める。

「子供の頃から漫画が好きで、大ファンだった石ノ森章太郎さんに会ったら、『作品の質と言うが、質なんて、量を書かないと上がらないんだよ。』と言われました。座右の銘にしています。昔は、プロット(筋書き)を詳細に作ってからじゃないとボートで海にこぎ出すような不安感があって長編を書き始められなかったんですが、10年ほど前からキャラクター作りを重点にし、大まかなプロットで書くようになった。どちらかと言えば、竜崎より、人間の弱さを持っている伊丹の方に僕の性格は近いと思う。でも、両面です。どちらのタイプ、と聞かれると、作家は困ってしまう。どの人物も、自分の分身が作品の中に散らばっているわけですから」

(青木千恵)

『隠蔽捜査』・表紙

隠蔽捜査
今野 敏/新潮社/1,600円+税

※「有鄰」457号本紙では5ページに掲載されています。

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