Web版 有鄰

450平成17年5月10日発行

有鄰らいぶらりい

マグダラのマリア』 岡田温司:著/中公新書:刊/800円+税

聖書の中で有名な女性といえば、アダムとともに楽園を追放されたエヴァ(イブ)と聖母マリア、そしてこのマグダラのマリアだろう。

欲望に負けて人間の原罪を作った女性として忌み嫌われるエヴァと反対に、尊崇の対象となっている聖母マリア。マグダラのマリアはこの間にあって、娼婦にして聖女という極端な両義性を与えられている。どうしてこういうイメージができたのか。

著者は、彼女に対する四福音書の食い違う記述を手始めに、数多い絵画を中心とする芸術作品をとおして、その謎と変遷のさまを読み解いていく。元娼婦である「罪深き女」が悔悛、聖女と呼ばれるに至った経緯について、著者は典礼や聖歌の完成者としても有名な教皇大グレゴリウスを立役者とする教会の戦略だという。

4福音書の中で最もマグダラのマリアに好意的でないルカ伝(彼は彼女が復活に立ち会ったことも否定している)とマルコ伝では、彼女はキリストによって「七つの悪霊を追い出してもらった女」となっている。ここからグレゴリウスは「罪深き女」と彼女を同一人物とし、その後、15世紀に実在したエジプトのマリアとも合体して、現在のイメージができあがったというのである。貞節にして淫ら、神聖なる愛(アガペー)と官能的愛(エロス)を重ね持ったマグダラのマリアの実像に迫るスリリングな書である。

黄昏に歌え』 なかにし礼:著/朝日新聞社:刊/1,800円+税

『黄昏に歌え』・表紙

『黄昏に歌え』
朝日新聞社:刊

「知りたくないの」などの曲で知られるヒットメーカーなかにし礼の、自伝三部作の完結編。4,000曲(うち訳詩が1,000曲)の作詩家として知られ、その後、直木賞作家として転身したこの作家が、旧満州で裕福な家庭に生れ、終戦で一転して生死の間をさまよいながら、辛うじて帰国、苦学して大学を独力で終えて作詩家として成功したものの、軍隊帰りの兄のために悲惨な生活を余儀なくされた前半生は、前二作の自伝を読んだ向きには、つとにご存じだろう。

しかし、こんどの作品を読むと、その実態はスケールが尋常でない。作者がシャンソンの訳詩に興味を抱いたのは高卒後シャンソン喫茶でアルバイトとして働いたのがきっかけで、アテネフランセに半年通っただけの語学力で挑戦したのだそうだ。それに成功して大学の入学金も自前で稼ぎ、在学中からヒットメーカーになるのだが、そこに目をつけた兄にたかられて生じた借金は、何と3億5千万円。その返済は塗炭の苦しみだった。

この作品では作詩家として体験した音楽業界の内幕がつぶさに描かれているのも興味深いが、後半、作詩のひらめきを回復するためにオカルト的な教団にのめり込むくだりが異様だ。

むこうだんばら亭』 乙川優三郎:著/新潮社:刊/1,500円+税

利根川の水が銚子の沖で海とぶつかって生じる大波をダンバラ波と呼ぶそうだ。イワシの豊漁でわくこともあるが予測もできない荒天で九死に一生を得、また肉親を海の藻屑と失った漁夫たちも、数限りなくいる。この作品は、そんな銚子の片すみの、小さな居酒屋「いなさ屋」を主な舞台にくりひろげられる、8編からなる著者初の連作シリーズである。

登場人物に流れ者が多いように、このシリーズの中心にいる「いなさ屋」のあるじ孝助も、江戸から流れついた男である。店は、たかと呼ぶ内儀のような存在の女と2人でやっているが、じつはたかとは夫婦ではなく、寝るのも別室で、指一本触れたこともない関係。孝助がここへ流れ着く途中で、拾ってきた女で、もと娼婦だった。

孝助は、裏稼業として桂庵(口入れ屋)の顔ももっているので、この店を訪ねるのは客としての漁夫だけでなく、食い詰めた女、家のために身を売られる娘などである。このシリーズでは、そのように生きる場所もなく、帰る場所も失った女のあわれな境涯が静謐な筆致で描かれる反面、地獄と向かい合いながら海に生きる漁夫たちの切ない生きざまも、生々しく描かれている。

さおだけ屋はなぜ潰れないのか?
山田真哉:著/光文社新書:刊/700円+税

この本のネーミングに心ひかれない人は少ないだろう。評者も飛び付いて読んだ。言われてみれば、まことに不思議である。「さおやー さおだけ、2本で1,000円……」と、おなじみの呼び声で、流している。だが、今どき2本1,000円で儲けが出るのだろうか。いやそれよりも、車を呼び止めて買っている人をほとんど見かけないではないか。

この本は、サブタイトルにあるように、「身近な疑問からはじめる会計学」のレクチュアである。会計学と聞いただけで敬遠してしまうが、本書で読むと、じつに興味津々たることばかりだ。タイトルを含め7つのエピソードを挙げて説き明かしているが、その1つ、「ベッドタウンに高級フランス料理店の謎」という章がある。普通の住宅街に高級フランス料理店がある。あまり繁盛してもいない。なのになぜ? この店は近所の主婦たちを集めて料理教室を開いており、そのほうの上がりが大きいというのだ。

ところで、「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」。若干“事件性”もあるらしいが、タネを明かしてしまうのは遠慮しておこう。なあんだ、そうだったのか、と得心のいく話だ。

(K・F)

※「有鄰」450号本紙では5ページに掲載されています。

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