Web版 有鄰

506平成22年1月1日発行

小池昌代と『転生回遊女』 – 人と作品

天涯孤独となった女の子が成長していく姿を描く

小池昌代氏
小池昌代

母と同じ女優の道へ向かって旅立つ

母が事故死し、天涯孤独となった片山桂子は18歳。母と同じ女優の道を進むことを決意し、親友が暮らす宮古島へ旅立った――。『転生回遊女』は、小池昌代さんが刊行する初の長編小説である。

「ずっと短編で自分と等身大の40、50代を書いてきましたが、長編で10代の女の子を書き始め、主人公と一緒に私も成長していく実感がありました。そこで18歳を主人公に、改めて長編に挑戦したのがこの小説です。書き始めると、1年12回の連載で収まりきらず、15回で終え、さらに加筆して、まだ書き足りない。その増殖感がすごく面白く感じました。ひとつの世界を瞬間的に立ち上げる手法で詩と短編はほぼ同じですが、長編は、電車やバスに乗ってぐんぐん前に、水平に進み、どこに出るかわからないスリルがありますね」

宮古島、那覇、東京。桂子は留まることなく転がり続け、やがて初舞台に臨む。ガジュマル、ハイビスカス、ギンネム、大公孫樹……。各章のタイトルに、樹木の名が多用されている。

「私自身がここ数年、生きるのが辛く、手を伸ばしても足を踏み出しても、コツコツガツガツぶつかる感じで、枝をさーっと伸ばしていく植物のように生きられたらいい、野性的に生きる感覚をどうにかして取り込めないかと、もがいていました。その思いが桂子に重なり、主人公と一緒にころころ転がるように書いていきました。ツタが伸びて絡んでいくように、樹木が樹木を呼び、緑が生い茂っていくように書いてみようと」

死んだ母が折りに触れて桂子のもとに現われる。その声を聞き、芝居を志す人々や沖縄の人々と出会い、桂子は成長していく。〈愛の労働、そんなものがあるとして、それこそがわたしの天職なのではないか〉。川端康成文学賞を受けた短編「タタド」もそうだったが、葛藤する人間の前に海が広がっている。

「肉体が滅んでも声は記憶の中に生き続ける。声とは魂のようなもので、桂子は死んだ母の声によって背骨を伸ばしてもらいます。『タタド』の場合は海、この作品の場合は海、樹木と、私には、現代社会と自然とをどこかでリンクさせようとする作品が多いと思います。『タタド』でテレビ業界の男を登場させましたが、マスコミに関わって、創造したものをお金に換えていくのは、自分の身を削るような作業です。身を削って創り出したものを生きるために売る過程で疲弊する。辛さを解放してくれるものとして、自然の力があると思います。今は、ただそのままの存在を肯定してくれる、ゆったりといつまでもいていい、木陰のような空間がなかなかない。電車に乗るのでも機械的に承認を受ける、関所のようなところが多すぎ、人の底に流れる原始的な力が押し込められている感じがします」

詩の創作を経てエッセイ・小説へと活動の幅を広げる

東京・深川生まれ。津田塾大学卒業後、法律雑誌の編集に携わりながら詩を投稿。97年、詩集『永遠に来ないバス』で現代詩花椿賞、2000年、『もっとも官能的な部屋』で高見順賞を受賞。エッセイ、小説へと活動の幅を広げ、2001年、『屋上への誘惑』で講談社エッセイ賞、2007年、「タタド」で川端康成文学賞。2008年は詩集『ババ、バサラ、サラバ』で小野十三郎賞を受賞した。

「言葉がやれることは小さく、無力感を覚えますが、2009年に出版した『通勤電車でよむ詩集』がじわじわ売れていることを考えると、少しずつでも誰かに届いているのだと思います。毎日働いて辛くても、詩の力によって一瞬解放され、現実と違う次元に心が跳び、何かを持ち帰って、再び現実で生き直す。詩によって楽に呼吸させてもらった経験は私にもあり、それが詩の働きと言っていい」

2010年春に新詩集を刊行予定。以降は、小説に注力するという。

「子供の頃は梶井基次郎などの詩小説が好きでしたし、中学時代に大好きだった山之口貘の詩は非常に散文的で、私が小説を書き始めたのは自然な流れでした。詩の働き、要素が私にとって一番大切なものですが、詩作では常套的な言葉を避けて、たくさん捨ててきました。けれども、平凡なありきたりな言葉が人と人の間を行き来して豊かなものに変わっていくのが日常ですから、今度は、詩人として捨て去ってきた平凡な言葉を拾い、当たり前の普通の言葉で小説を書いていきたい。今回の長編は、私が小説というジャンルに本気で取り組んだ初めての作品です」

(青木千恵)

『転生回遊女』・表紙

転生回遊女
小池昌代/小学館/1,700円+税

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.